非可換幾何学の最初の題材は、多様体のコタンジェントバンドルの量子化である。 要は、コタンジェントバンドル上の関数環を、微分作用素等によって置き換える ことになるわけだが、ここでは少しその動機に付いて述べることにしよう。
私が愛読しているメシア「量子力学I」(小出、田村訳)の 「対応によってシュレーディンガー方程式をつくる一般的な規則」 を見てみると、次のように書かれている。
- 一つの古典力学系を考え、その運動方程式はハミルトン関数 から 導かれるとしよう。この関数は配置空間における系の (一般化)座標 と、 それに対する共役(一般化)運動量 と、 時刻 t によって決まる。 この系の全エネルギーは、
である。 この古典系に一つの量子系を対応させ、 その力学的状態を配置空間で定義された波動関数 であらわし、 方程式(☆)の両辺に置換
を行い、これら二つの量を演算子とみなして に作用させた時、 その結果が等しいと書くことによって、この量子系の波動方程式を つくる。こうして得られた方程式が、対応する量子系に関する シュレーディンガー方程式である。 -
数学の言葉に置き換えてみよう。 配置空間はある多様体M、 qi はその上の座標関数、 pi は M のコタンジェントバンドル TM の ファイバー方向の座標関数に相当する。 pi は、T* M の双対 TM のセクション、すなわちベクトル場と みなすこともできるから、これらは 上の微分作用素としての 意味を持つ。
T*M 上の関数は、 の組合せでつくられることから、 T*M 上の関数の各々に対して、 《pi に を代入した 》 作用素を対応させることができる。 それが置換(★)の意味である。
微分作用素の非可換性のため、このような対応は「自然」ではない。 例えばこのような対応は決して環準同型にはならない。
これは「古典的な対象に対応する量子的な対象」が一意に定まらないことを示している。 しかし、 「量子的な対象が先にあって、その近似として古典的な対象が目に止まる」 という立場からは このような「量子化」が一意に決まらないのは当り前なのであって、 だからこそはじめから非可換な対象を相手にした非可換幾何学が必要なのである。 すなわち、量子化すべきなのは多様体ではなくて、我々の思考法の方である。
(余談であるが 上記の「量子化」のプロセスを少し一般化したものとして symplectic quantization というものもある。これについては又別の機会に述べよう。)